トラック最前線/東京オートサロン2026で見た、いすゞA&Sの現在地とこれから
2026年01月21日 16:55 / トラック最前線

毎年1月、幕張メッセで開催される東京オートサロンは、日本最大級のカスタムカー&チューニングカーイベントとして確固たる地位を築いてきた。スポーツカーやSUV、往年の名車から最新モデルまでが所狭しと並び、来場者はクルマの「夢」や「遊び心」を求めて会場を訪れる。その華やかな空間の中で、明らかに異質でありながら、多くの視線を集めていた存在があった。それが、商用車、しかもトラックである。1月9日~11日まで幕張メッセで開催された東京オートサロン2026にカスタマイズ・トラックを出展した、唯一の商用車系メーカーが、いすゞグループの用品専門会社「いすゞA&S」だ。なぜ商用車メーカーがあえてこの舞台に立つのか。トラックに何を託し、どんな未来を描こうとしているのか。直接ブースを訪ね、久富社長に話を伺った。(山城利公)
■BtoB企業が、あえて“直接ユーザー”と向き合う理由
「今回でオートサロン出展は3回目になります」。そう切り出した久富浩志社長の言葉は、同社の挑戦の積み重ねを物語っていた。
いすゞA&Sは、いすゞグループの用品専門会社として、これまで販売会社を主な顧客とするBtoBビジネスを軸に成長してきた。つまり、一般ユーザーが直接商品を目にし、評価する場は決して多くなかったのである。
その構図を変えるきっかけとなったのが、普通免許で運転できる小型トラック「エルフmio」の登場だ。いすゞ社内ではこれを“誰でもトラック”と位置づけ、より広い層への可能性を見出した。自家用工事車として使われてきたユーザー層に加え、小口の個人ユーザーやフリーランスといった新たな市場に、本格的に向き合う必要性を感じたという。
「職人さんが乗るトラックでも、やっぱりかっこいいほうがいい。仕事が休みの日には、遊びにも使える。そうした声に応えるには、実用性だけでなく、デザイン性や遊び心を備えたアクセサリーが必要でした」。オートサロンという“ユーザーに直接届く場”への出展は、その答えを探る実験でもあった。
■初披露「エルフMUV」が示す、新しいトラック像
今回のブースでひときわ注目を集めていたのが、初展示となるコンセプトモデル「エルフMUV」だ。ウイングボディを備えたこの一台は、ご存じ日本フルハーフとのコラボレーションによって誕生した。
「実は1年前の立ち話がきっかけなんです」。久富社長はそう振り返る。展示会というオープンな場で交わされた何気ない会話が、1年後には具体的な車両として形になった。これは、いすゞA&Sが積極的に外へ発信し続けてきた成果でもある。存在を知ってもらい、共感が生まれ、パートナーが増えていく。コラボレーションを通じた“仲間づくり”は、同社の大きな財産となりつつある。
いすゞ本体は、新型ギガの投入やBEV路線バスの展開、自動運転技術への挑戦など、次世代を見据えた取り組みで業界をリードしている。一方、いすゞA&Sはその陰で、より柔軟で機動力のある立場から、ニッチだが確実に存在するニーズを拾い上げる役割を担っている。大量生産では応えきれない「個」の要望に寄り添う存在。それが、いすゞA&Sの現在地である。
<初公開された「エルフMUV」。「エルフ」標準キャブに日本フルハーフがウイングバンを架装。ビジネスからプライベートまで活用できる新しい価値を提案する>

■ハイエースユーザーがトラックに目を向ける理由
今回の話の中で印象的だったのが、ターゲットユーザーの変化である。従来のロイヤルカスタマーやフリート顧客ではなく、例えばハイエースを使ってきた個人ユーザー。クローズドボディゆえの積載制限や使い勝手に、どこか物足りなさを感じている層だ。
「仕事の日は道具を積み、休みの日にはバイクを載せて山へ行く」。そんなライフスタイルを一台で成立させるのが、カスタマイズされたトラックである。実際、最近では『この仕様で欲しい』という指名買いの相談も増えてきているという。トラックは、もはや業務専用の無機質な道具ではない。使い方次第で、人生の幅を広げる相棒へと変わり得る存在なのだ。
<普通免許で運転できる「エルフミオ スペースキャブ」をベースに、仕事も遊びも一切妥協しない“スペシャリスト”のために開発された「CROSS STYLE ACCESSORIES」のコンセプトモデル「ELFmio CROSS STYLE CONCEPT」。>

■もう一つの狙い。人を育て、文化をつくる
オートサロン出展の意義は、商品やブランドの訴求だけにとどまらない。社内では若手社員を中心に、部門横断型のプロジェクトチームを編成。開発や商品企画に限らず、総務・人事・営業といった部署の若手を集め、1年生から3年生クラスで構成しているという。
「会社の中では、隣の部署が何をやっているのか分からないことも多い。だからこそ、こうした取り組みを通じて風通しを良くし、次につながる経験を積ませたい」。この言葉からは、単なるイベント対応ではなく、組織づくりそのものを見据えた姿勢が伝わってくる。
さらに今年は、採用という側面にも力を入れている。オートサロンに毎年ブース出展している各自動車大学校の学生に向け、商用車カスタマイズという仕事の存在を知ってもらう活動だ。乗用車やスポーツカーが人気を集める中で、「商用車をいじる」という選択肢を提示することは、若者にとって新鮮な刺激となるに違いない。
■メーカー直系だからこその信頼と安心
カスタマイズという言葉には、自由さと同時に不安もつきまとう。車検や安全性、耐久性といった点での懸念は少なくない。その点、いすゞA&Sの強みは明確だ。いすゞの評価基準を満たし、コンプライアンスにも適合した商品であること。メーカー直系ならではの信頼性は、ユーザーにとって大きな安心材料となる。
「これからは、どんどん市場に出していきます」。これまでフリート中心だった商品展開から、個人ユーザーにも分かりやすく“買える”形へ。市場の声をフィードバックしながら、商品を進化させていくフェーズに入ったといえる。
■トラックカスタマイズが切り拓く、新しい市場の可能性
ここで改めて考えたいのは、なぜ今「トラックのカスタマイズ」なのか、という点だ。日本の商用車市場は成熟しており、車両性能や耐久性といった基本価値では大きな差が生まれにくい。一方で、使い方や価値観は多様化し、ユーザーは「自分に合った一台」を求めるようになっている。
その流れは、乗用車の世界ではすでに顕著だ。アウトドア仕様、車中泊仕様、スポーツ志向など、ライフスタイルに寄り添うカスタマイズは当たり前になった。いすゞA&Sの取り組みは、その潮流を商用車の世界へと持ち込む試みともいえる。トラックという道具に、個性と物語を与えることで、新たな市場を創出しようとしているのだ。
■市場環境の変化と商用車ユーザーの意識転換
商用車の世界では長らく、「必要だから買う」「仕事に使えれば十分」という価値観が支配的だった。だが近年、働き方の多様化や個人事業主・フリーランスの増加により、クルマに求められる役割は確実に変わってきている。単なる移動・運搬手段ではなく、自己表現やライフスタイルの一部として捉える動きが、静かに広がっているのだ。
こうした変化は、軽バンやワンボックスカーのカスタムブームを見れば明らかだ。キャンピング仕様やアウトドア志向の架装が支持され、「仕事にも遊びにも使えるクルマ」が一つのジャンルとして定着した。その延長線上に、いすゞA&Sが提案する“誰でもトラック”という思想がある。
積載性、耐久性、拡張性といったトラック本来の強みは、実は個人ユーザーにとっても大きな魅力だ。そこにデザイン性や使う楽しさが加われば、これまで手を出しづらかったトラックという存在が、一気に身近なものになる。
■「仕事車」と「愛車」の境界線を越えて
久富社長の話を聞いていて印象的だったのは、トラックを語る言葉の端々に「楽しさ」や「誇り」といったニュアンスが感じられたことだ。従来、仕事車は合理性や効率性が最優先され、感情的な価値は二の次とされがちだった。しかし、毎日使うからこそ、そこに愛着が生まれれば仕事の質も変わる。
かっこいいトラックで現場に向かう。休日には同じクルマで遊びに出かける。そうした体験の積み重ねが、トラックを単なる消耗品から「相棒」へと昇華させる。いすゞA&Sが描く世界観は、働き方そのものをポジティブに変えていく可能性を秘めている。
■人材と文化を育てるという、もう一つの投資
いすゞA&Sの取り組みを取材して感じたのは、同社が短期的な売上だけを見ていないという点だ。若手社員を中心としたプロジェクト編成、部署横断のチームづくり、さらには自動車大学校へのアプローチ。これらはいずれも、時間と手間のかかる取り組みである。
しかし、クルマづくりや用品開発は、人の感性と経験に大きく左右される分野だ。クルマが好きであること、使う人の姿を想像できること。その土壌を社内外で育てていくことは、結果として商品力やブランド力に直結する。オートサロンという場を、単なる展示会ではなく「文化を育てる場」として捉えている点に、いすゞA&Sらしさが表れている。
■トラックが主役になる時代へ
東京オートサロン2026の会場で強く感じたのは、トラックという存在が静かに、しかし確実に再定義されつつあるという事実だ。運ぶためだけの脇役ではなく、仕事も遊びも支える主役としてのトラック。その可能性を、いすゞA&Sは具体的な製品とストーリーで提示している。
パートナーとの共創、若手人材の育成、そしてユーザーとの直接対話。これらを同時に成立させる場として、オートサロンは極めて象徴的な舞台だ。トラックを“よき相棒”と呼べる時代は、決して遠い未来の話ではない。いすゞA&Sの挑戦は、商用車の価値観そのものを塗り替える一歩であり、その歩みはこれからも続いていく…。
【文:山城利公(やましろ・としまさ)】
1963年・東京生まれ、モータージャーナリスト/プロドライバー
幹線輸送トレーラのドライバーとして200万km(20年・地球50周以上)におよぶ無事故運行の実績を持ち、商用車技術と物流業界に精通。実体験と現場視点をもとに、クルマ社会の「今」と「未来」を発信している。
大型けん引免許/自動車整備士(国家資格)/整備管理者(選任資格)/国内競技運転者許可証A級(JAF公認)/フォークリフト運転技能講習 修了/日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
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