トラック最前線/中小企業庁 運送事業者をアシストする「価格交渉促進月間」
2024年03月27日 13:00 / トラック最前線
3月と9月は中小企業庁が実施している「価格交渉促進月間」。価格交渉・価格転嫁によって商品やサービスの価格を適正化し、物価高が続く中で中小企業でも賃上げができる環境を整備するのが目的だ。しかし、トラック運送業界は長年の商慣習や業界構造から思うように進捗していないのも事実。そこで、その背景や取り組み、課題について、経済産業省中小企業庁 事業環境部取引課の川森敬太氏にお聞きした。(取材日:3月11日)
「価格交渉」は、単独では進まない
ーー まず「価格交渉促進月間」について中小企業庁さんとしてはどのように位置付けて取り組んでいるのですか。
川森 この価格交渉促進月間は、2021年から年2回、9月と3月にやっていて今年3月で6回目になります。
今までは、BtoBの取引で値付けを見直すということそのものが習慣として根付いてなかった。それはやってはいけないもの、コストは下げていくもの、そういうような暗黙のルールみたいなものがあったわけで、そこから変えていかなくてはいけない。
「価格交渉促進月間」は、コストが上がり大変な時期だからということもありますが、価格交渉を慣行として根付かせていくために取り組んでいるものでありまして、中小企業庁としても非常に重視してます。ぜひ多くの事業者さんに価格交渉に取り組んでいただき、奮起していただければ嬉しいですね。
<中小企業庁による「価格交渉促進月間」と「フォローアップ調査」>
ーー 2021年というと、ちょうどコロナ禍の頃でしたが、それがきっかけだったんでしょうか。
川森 もちろんコロナ禍の影響もありますが、やはり、いろんな物価がどんどん上がってきたこと、コストプッシュインフレが始まってきたというところが1番のきっかけになってます。
上がっていくコストを取引価格に乗せていかないと、下請事業者さんの利益が削られてしまう。非常に難しい環境になっているわけですから。
ーー 本来は物価に合わせて個々に価格を交渉していくのが望ましいと思います。ですが、実際には「価格交渉促進月間」として、政府が旗振りしないと価格交渉しない事業者さんが多いということでしょうか。
川森 これまで発注事業者さん側は、コストは下げていくものという認識が当たり前でした。
その中で「物価上がっているので」、「エネルギーコストが上がっているので」と価格交渉を仮にしたとしても、「そんなこと他社は誰も言ってこない」「お前だけだ」となってしまう。
ですから「価格交渉促進月間」とすることで、単独ではなく、価格交渉を皆でやるという流れを作ることが重要だと思います。
ーー 価格交渉・価格転嫁を当たり前のことにする、そのために発注事業者、下請事業者両方の意識を変えるためのツールといえますね。
さて、価格交渉、価格転嫁が今なぜ必要かというと、賃上げということがあると思います。今年の春闘では、大手企業を中心に賃上げが進んでおり、価格交渉の面では追い風といえるムードになってきていると思いますが、どのように見ていますか。
川森 賃上げについては、いいニュースもたくさん出てますので、私たちも期待をしてます。特に今、先行しているのは大企業ですから、それが中小企業にどう広がっていくか、注視しています。
中小企業が賃上げをするためには、その原資がどこから出てくるのかというところが大事です。それは当然、価格転嫁がなされていくということ。もちろんそれだけじゃなくて、例えば生産性を上げていくみたいなことも必要なわけですが。
したがって、しっかり売り上げを立てていく、取引先さんからきちっと適正なものをいただくことができるかどうかというのは、非常に大きなポイントです。そのためにも価格転嫁、価格交渉をしましょう、というところが、この春闘では大事だと思っています。
元請事業者への働きかけで、転嫁率も徐々に改善
ーー 中小企業庁では各業種を見ているわけですが、その中でトラック運送業界に関してはどのように捉えていますか。
川森 トラック運送業界全体として、価格交渉をする、という雰囲気はできてきていると思います。発注側、元請けの方から「大丈夫ですか」とお声がけをしていただくという流れも出てきた。
トラック事業者さんとお話させていただくと、昔に比べると雰囲気が良くなって言いやすくなったと。さらに、向こうから言ってくるなんて今まで初めてですよ、みたいな声も実際にお聞きしています。
他方で、実際に交渉が価格転嫁に結び付くか、取引価格を引き上げてもらえるか、というところは、また別の要素があります。元請け側、発注側にも、価格転嫁に応えたい気持ちはある。けれども、自分のところもその荷主からもらえていない、となると、やりたいのは山々だけども限界があると。
それはもちろんトラック事業者の話だけじゃなくて、全体としてそうです。アンケート結果を見ると価格交渉の実施率は上がっていますが、価格転嫁率はそんなに変わっていない。
中でもトラック事業者は、非常に厳しい状況にあることは明確にアンケート結果からも出ています。いま、全体の価格転嫁率は45.7%です。コストが100円上がった時に、発注側、元請け側が受けてくれたのが45.7円。残りの54.3円は、受注側、下請け側が被っていることになっているわけです。
これに対して、トラック運送業の価格転嫁率は24.2%です。全体の平均と比べると半分ぐらいです。
<価格交渉促進月間(2023年9月)フォローアップ調査結果「業種別 価格交渉と価格転嫁の比較」>
ーー その要因は、どこにあると見ていますか。
川森 人件費、労務費の部分が割合としては多い業種ですから、なかなか交渉するのも難しい。特に多重下請け構造や、個人事業主が多いとか、交渉しようにも何がどれだけ上がってるのか計算もできないといったケースもある。業界構造やコスト構造など、難しい要因が重なっているのがトラック運送業だと思っています。そういう意味では、非常に苦しんでいる状況かなと思います。
ただ、前々回と比較すると、価格転嫁率は上がってはいます。前々回は19.4%だったんです。この分だけ上がってきてるというのは、業界としても非常に、特に元請けの事業者、大手の運送事業者が非常に頑張った結果ではあるかと思ってますし、荷主の理解も、これはもちろん元請けがどう交渉するか、というところになってくるかもしれませんが、そういった努力も進んできているということかなと思います。ですから今後に期待できるんじゃないかなと思います。
<価格交渉促進月間(2023年9月)フォローアップ調査結果「トラック運送事業者の直近6ヶ月間の価格交渉と価格転嫁状況」>
ーー 長年の商慣習や構造を変えていくのは難しいところがあります。中小企業庁としては、この辺りの改革にも取り組んでいるのですか。
川森 はい。中小企業庁としては、国土交通省の動きと足並みを揃えながらやっています。国土交通省ではトラックGメンを作るなど、様々な活動をされています。それから、価格転嫁以外にも業界としての課題、例えば荷卸しを突然頼まれるとかドライバー不足など、法改正も含めて考えていこうとしています。
もちろん我々側のアプローチとしては、価格交渉促進月間のフォローアップ調査の中で、足元をしっかり確認していくということもそうですし、我々にも下請Gメンがありますので、実際の取引の実態を確認していく。
それをトラックの業界に対して、フィードバックをしていく、あるいはそれを元にして今後のアクションを考えていただく。荷主業界に対する呼びかけも、国土交通省と一緒に行っていきます。
ーー トラック業界の構造を考えると、荷主さんもさることながら、元請の大手運送事業者さんに対しての働きかけが重要ですね。
川森 やはり一次請けの事業者が、どこまで実運送事業者を見ているか、というところが非常に大きいと思ってます。
もちろん大手の元請け事業者は、価格転嫁を経営の非常に大事な要素の1つということでやっています。ですが、大手の運送事業者は何百社、何千人も実際の取引先を抱えていて、そういう取引先が価格交渉、価格転嫁ができてるのか確認するのは大変な作業ですし、これだけ本当に多重下請け構造となっている中で、個人事業主までどうやって連絡を取ればいいんだ、みたいなお悩みもあると聞きます。
でも、そういう中でもきちんとアプローチして、取引先の状況を確認して、必要な対応をしていくということにかなり骨を折られてます。
今まで私たちの方でも、下請け事業者さんからの声を集約した形で元請け事業者さんに対して届けてきましたが、その結果として、それに基づいて改善をしていただいたところだと思います。それが価格転嫁率の上昇に寄与してきている面があるんじゃないかなと思っています。
相談窓口の利用は、価格交渉への早道
ーー トラック運送事業者の課題の一つはドライバーの賃金の低さです。そのための価格交渉でもあるわけですが、トラック事業者の場合、どのぐらいの賃上げ率が望ましいと見ていますか。あるいは交渉の際、目標とすべき価格をどのように設定するのが良いのでしょうか。
川森:賃上げ率は企業ごとの経営戦略ですから、こうであるべきというのは、こちらで指定をすることではないと思ってます。しかし、一般的にどれぐらい上がっているか、1つの指標にしたらどうですかということを申し上げています。
最低賃金はこれぐらいのレートで上がってます、だからウチも同じぐらい上げてください、ということや、あるいは春闘の月額の上昇率みたいなもの。物流では「標準的な運賃」ですね。基準となる指標はたくさんありますので、しっかりウォッチして価格交渉を進めていただけると、おそらく交渉先の事業者さんとしても助かると思います。
ーー 価格交渉は必要だ、しかし、どう交渉すればいいか、よくわからないという事業者も多いと聞きます。そのような事業者に対して、何か支援はされているのでしょうか。
川森 いろいろやってるのですが、対面で相談に乗ってくれるところが沢山あるんですね。都道府県ごとにありますので、そこを使っていただくのが一番早い。
例えば、中小企業庁では、よろず支援拠点というのがあります。全国47都道府県にそれぞれ置いてあるんですけれど、経営相談の窓口で、いろんなサポートに乗ってくれます。もちろん価格交渉、価格転嫁についても相談できます。
また各地域に商工会議所がありますが、そこでも経営相談を受け付けています。そのようなところに相談に行っていただくのが一番早いと思います。
中小企業庁を含め、様々なところでリーフレットやWEB講習会などをやってますが、やはり事業者さんごとに状況が違いますから、それぞれの状況に合わせて、やり方を組んでいくというのがあるべき姿です。一番効果的だと思いますので、それぞれの状況を踏まえてアドバイスをしてくれる、対面の窓口をぜひ使ってもらいたいですね。
「一時しのぎ」では、もう生き残れない
ーー 一方で、価格転嫁にそもそも消極的な事業者さんもいます。
川森 特に中小零細、地方の事業者さんになればなるほど、長年お世話になってきたお客さんに対して、コスト上昇分を転嫁するということを良くないことだと思ってる人が結構います。「責任転嫁」などの言葉から、転嫁という言い方に押し付けるようなマイナスイメージがあるのかもしれません。
だから、自分が我慢をすればいいんだとか、コストダウンを頑張ればいいんだ、というような考えの方はやはりいらっしゃる。もちろんお願いしたくても、転注されると困るから、仕事がなくなると元も子もないから、という方もいらっしゃいます。
価格転嫁を求めてはいけないと思っている事業者さんも多いので、そのような方にも、ともかく相談に来てもらいたいと思ってます。
ーー 価格交渉、価格転嫁は悪ではないと意識を変えてもらわないと、大げさに言えば今後、物流維持も困難になる可能性もあります。
川森 結局、上げてもらえませんって言ってる人たちの多くは、交渉していないからなんです。やはり一歩踏み出せば、それだけ得るものがある場合もある。
もちろん、切られたら元も子もない。それは当然そうなんですけど、じゃあどうすれば切られにくくなるかとか、切られない事業者さんから交渉していくとか、いろいろな戦略は当然あるだろうと思います。
今だけ我慢していればいい、ということではないです。今までは瞬間的にコストが上がっても、また、しばらくすると戻りました。だから、この瞬間だけ我慢すればいい、という感じでした。
しかし、これからはインフレ目標があって、政府も当然賃金をどんどん上げていくと言ってるわけですから、物の値段は上がっていく。
そういう中で、どこまで我慢し続けられますかと。
これからもどんどん上がっていく、ということを考えると、このままでいいということではない、ということが目に見えています。まずは、相談に行ってもらうということです。ともかくアクションを起こすということは非常に大事だと思っています。我慢していても物事は解決しませんので。
価格転嫁はサプライチェーン全体を守るもの
ーー 中小企業にとって、大企業との賃金格差も大きな課題だと思います。この辺りはどのように見ていますか。
川森 大企業がどんどん賃上げしていく。なぜかと言うと、ともかく人が足りてないから。人材獲得の競争になっているわけです。
そのような状況の中で、どんどん大企業と中小企業の差が開いていくということは、やはり良いことではないと思います。大企業としても、仕事を出す中小企業がどんどんいなくなっていくと、結局、困るわけですので。
したがって価格転嫁というのは、中小企業、下請けの事業者に対する支援という側面はもちろん大きいですが、それだけじゃなくて、サプライチェーン全体を守っていくことが、発注側、元請け側のためにもなるんですよ、ということをかねてから申し上げています。
やっぱり大企業が引き上げていくからには、中小企業も上がっていってもらわないと、全体としては良くない方向に進む。なので、大企業の流れに付いていっていただけなければならない。そうでないと、もっと人がいなくなるし、もっと経営は厳しくなっていく。だからこそ、本当に今(価格交渉・価格転嫁を)やってくださいということです。
ーー その中で、トラック運送業界の取り組み状況はいかがでしょうか。
川森 業界によって価格交渉の進み具合がはっきり出ていますが、残念ながらトラック運送業界は比較的進んでいない業界です。なので、所管の国土交通省と一緒に、中小企業庁としても重点的に取り組んでいくべき業界だと思っています。
ただ、トラック運送業と荷主との関係は、業界の中でどうにもしがたい問題であるという面はあります。ですので、各業界団体さんが業界内の取引を適正化していくための自主行動計画を作られる際に、物流業界に対して適正な配慮をしていただくようお願いをしています。これだけでも変わってくる面もあるんじゃないかなと思います。
今こそアクションを起こしてほしい
ーー 社会全体、物流業界全体が変革期にあるといえそうですね。その中でトラック運送業界に望むことは。
川森 いま社会全体として、政府全体として、賃金が上がっていく世の中を目指しています。
だからこそ、いまアクションをしてもらわないと流れに取り残されていくし、どんどん苦しくなっていくばかりです。なので、ぜひアクションを起こしてもらいたいし、いろんなところに必要な相談に行っていただきたい。いろんな情報収集をもしてもらいたい。
皆さん、本当に忙しいとは思います。仕事を受けないと日々食べていけないですので。それもわかるのですけど、もう少し先のことを考えると、アクションを起こすことが必要なんじゃないかと思ってます。
ーー 中小企業庁さんとしては、トラック業界の多重下請け構造は今後も変わっていかないと見てますか。
川森 これは国土交通省も多重下請け構造は減らしていくと言っていますし、そうあるべきだと思います。
価格交渉、価格転嫁の世界も、結局は多重構造になっていると元請けさんから見えなくなっていく。間に入っている方が実運送業者さんのことを考えていただかなければ、結局は、苦しいまま誰も手を差し伸べないということになってしまいますので、多重下請け構造はなくしていく方が望ましいものだと思います。
ただ、業界の事情として、業務量の強い波があるようなので、全てなくすということは難しいものと理解しています。しかし、2024年問題みたいな流れの中で、全体がどうなっていくのか、その大きな方向性もあると思いますが、そのような中で、必要のない、今までの慣習としての多重下請けについては、できる限り効率化をしていくとか、なくしていくことが業界全体とっては、良いことなのではないかと思っています。
ーー 今年の価格交渉促進月間について、これまでの反応やメッセージがあれば教えてください。
川森 私たちも価格交渉促進月間について、外向けにPRもしてます。なかなか政府発信のPRって届きにくい面はあると思いますけれども。
私たちのYouTubeでは、大臣に出てもらって、「ぜひ交渉してください、皆さん」と言ってもらって配信していますけれど、たまたまそれを見た物流事業者さんが、そんなことを国が言ってくれてるのは知らなかったと。やっぱり大事だと思うし、なかなか勇気が出なかったけど、こういうのを見て自分もしっかり考えてみようと思う、とおっしゃってくださった方もいらっしゃいます。
なかなか介入することは難しい面はありますけれど、こうやって世の中全体の雰囲気をつくっていくというところについては、できる限りのことはしたいと思ってます。
皆やってるというのが見えると、やりやすくなる。ですので、そういった情報発信を積極的にしていきたいなと思っています。
(取材・執筆 鞍智誉章)
■プロフィール
川森 敬太(かわもり けいた)
2010年 経済産業省 入省
2020年 大臣官房広報室 室長補佐(総括担当)
2023年 中小企業庁事業環境部取引課 課長補佐(総括担当)
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