2025年業界ニュースTOP5/元現場ドライバー視点で見た物流業界の動向

2025年12月26日 12:55 / 経営

2025年、物流業界は「2024年問題」という言葉だけでは語れない段階に入った。制度は動き、技術も進んだ。しかし、現場は本当に救われているのか。幹線輸送トレーラのドライバーとして20年間ハンドルを握り、現在はモータージャーナリストとして業界を見つめる筆者が、2025年に強く印象に残った業界ニュースをTOP5形式で整理する。

共通するのは、制度や技術そのものではなく、「現場とどう向き合ったか」という一点である。2026年を前に、いま業界が直視すべき現実を、現場目線から掘り下げてみた。(山城利公)

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第5位:自動運転
「脅威」か「味方」か―現場を知る者が見た2025年の現在地

■自動運転は、いつの間にか「現場の話」になっていた

「自動運転が進めば、ドライバーはいらなくなる」。この言葉は、ここ数年で業界の定型句になった。しかし、2025年も終わりに近づく今、元プロドライバーとして現場を見渡すと、まったく違う実感がある。自動運転は、すでに現場に入り込んでいる。だがそれは、“人の代わり”としてではない。

高速道路の運転支援、隊列走行の実証、構内や限定ルートでの自動化といった技術は確実に進んでいる。一方で、ドライバーの仕事が消えたかといえば、答えは明確に「NO」だ。

2025年時点での自動運転は、夢物語でもなければ、万能の切り札でもない。現場の負担を減らす可能性と、新たな課題を同時に抱えた存在として、静かに浸透しはじめている。

■技術は進んでいる。しかし「任せられる範囲」は限定的

現在、商用車分野で実用化が進んでいるのは、主にレベル2~2+相当の運転支援だ。

・ACC(車間距離制御)
・車線維持支援
・渋滞追従

これらはすでに珍しい装備ではなく、長距離ドライバーにとっては疲労軽減装置として確実に役立っている。しかし、現場目線でいえば、「楽にはなったが、任せきれるわけではない」というのが正直な評価である。

・合流
・工事規制
・急な割り込み
・気象変化

こうした状況では、結局ドライバーの判断が不可欠である。2025年の自動運転は、補助輪としては優秀だが、自転車そのものにはなっていないという実感がある。

■現場が感じる最大の不安は「責任の所在」

自動運転に対する現場の不安は、技術そのものよりも、「事故時の責任」「システム判断と人の判断の境界」といった、制度と運用の曖昧さにある。

「ここまで任せていいといわれた」「だが、何かあれば結局ドライバーの責任になるのではないか」。この疑念がある限り、現場は心から自動運転を信用できない。

元プロドライバーとしていえば、責任が不明確なまま“任せる”ことほど、危険なことはないのである。

■「省人化」という言葉が現場とすれ違う理由

自動運転はしばしば、ドライバー不足の解決策として語られる。しかし、2025年時点では、この認識は現場と大きくずれている。

自動運転車両ほど「監視・点検」が重要であり、異常時の対応には高度な判断力が必要となる。つまり、誰でもよいから人数を減らせるわけではないのだ。

実際、自動運転の実証運行を支えているのは、ベテランドライバーというかプロのオペレーター。たとえば、現場を熟知した運行管理者であるケースがほとんどだろう。人を減らす技術が、人の質をより求める。この逆説が、2025年の現実なのである。

■実証運行という「現場負担」

自動運転は、いまだ発展途上の技術だ。そのため現場では、「通常以上の点検」「データ取得」「制限付き運行」といった追加業務が発生する。

元現場の感覚では、これは“未来への投資”として理解できる負担だが、その負担がドライバー個人に押し付けられる形では、支持は得られない。

■自動運転が本当に力を発揮できる領域

否定論だけでは、現実を見誤る。自動運転が現場を確実に助ける可能性を持つ領域は、現実として存在する。高速道路中心の長距離幹線、夜間・閑散時間帯、港湾・構内など限定空間、重要なのは、「すべてを置き換える」のではなく、「任せどころを定める」という発想である。

■自動運転が突きつける、もう一つの問い

自動運転の議論が進むほど、逆説的に浮かび上がる問題がある。

・荷待ちは減るのか
・無理な時間指定は是正されるのか
・ドライバーの評価は上がるのか

まだまだほかにもあるだろう。これらが変わらなければ、いくら自動運転があっても現場は救われない。技術だけで業界は変わらないし、変われない。これは第1位から第4位までのテーマとも共通する部分なのである。

■自動運転は「敵」ではない。ただし「答」でもない

2025年時点での結論は、極めて現実的なものになる。

自動運転は、ドライバーの敵ではない。だが、業界の答えでもないと思う。それをどう使うか、誰の負担を減らすのか、誰の責任をどう整理するのか、この設計を誤ると自動運転技術そのものが現場から拒否されてしまう。

自動運転が業界を救うかどうかは、技術ではなく、人の向き合い方にかかっている、と。

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第4位:環境対応車
EV・水素トラックは現場を救うか―理想と実用のあいだで揺れた2025年

■「環境対応車」が現場に降りてきた年

2025年は、日本の物流業界にとって環境対応車が“特別な存在”ではなくなった年として記憶されるだろう。EVトラック、水素燃料電池トラック(FCトラック)は、もはや展示会や実証実験だけの話ではなく、実際の運行現場に入り込みはじめている。

国の補助金、自治体の後押し、荷主からの要請など、導入の背景はさまざまだ。しかし、元プロドライバーとして現場目線で問いたいのは、ただ一つである。

EV・水素トラックは、本当に現場を救えるのか。技術的な評価や環境性能の数値ではなく、「運行・労働・安全」という現場のリアリティから、この問いを少し整理してみたい。

■まず評価すべき「確実に変わった部分」

公平を期すなら、EV・水素トラックが現場にもたらしたポジティブな変化を、最初に挙げておく必要がある。

・エンジン音がなく圧倒的に静か
・振動が少なく身体への負担が軽い
・加減速がスムーズで扱いやすい
・乗務していて高揚感がある

特に市街地配送や夜間運行では、「これは確かに楽だ」と感じるドライバーが多いのも事実だ。長年ディーゼル車に乗ってきたベテランほど、その違いを実感するはずである。

また、環境対応車に乗る(導入する)ことで、荷主からの評価が上がる社会的意義を感じられるといった、心理的なプラス効果も無視できない。

■航続距離と時間―現場が直面する最大の壁

一方で、現場目線で最大の課題として挙げられるのが、「航続距離」「充電・充填時間」という、時間と距離の制約だ。

2025年時点でも、
・フル積載
・空調使用
・渋滞や勾配
といった条件が重なると、カタログ値どおりの性能は期待しにくい。

「あと何キロ走れるのか」が常に頭から離れない。この緊張感は、ドライバーの精神的負荷を確実に増やしている。

■インフラは「現場の都合」で整っていない?

EV・水素トラック導入の議論で、しばしば軽視されがちなのがインフラの現実である。
・充電設備の設置場所
・同時使用時の制限
・水素ステーションの立地
これらは、現場の動線や運行計画と必ずしも噛み合っていない。たとえば、帰庫時間が集中する=充電(充填)待ちが発生する。こういった状況では、車両は止まっているのに、ドライバーの拘束時間だけが延びるという、本末転倒な事態も起きてしまう。

■「実証運行」の名の下で現場にかかる負担

2025年現在、EV・水素トラックの多くは、まだ実証運行的な位置づけを色濃く残している。

その結果、現場では、
・データ取得のための報告業務
・通常以上の点検
・制限付きの運行
といった、追加の負担が発生する。

元プロドライバーの立場でいえば、新技術の導入期に現場負担が増えるのは当然だが、その負担が正しく「評価・共有」されているかは、疑問が残る。

■重量と積載量―数字に表れない不満

EV・水素トラック特有の課題として、バッテリー重量や燃料タンク、さらにシステム全体の重量が最大積載量に影響する点も見逃せない。

・積める量が減る
・運行回数が増える
・結果として拘束時間が延びる
こうした変化は、ドライバーの努力ではどうにもならないにもかかわらず、実際の現場では「工夫」で乗り切ることを求められがちなのである。

■「環境対応」が免罪符になっていないか

元現場の視点で、最も懸念しているのはここだ。
・環境に良いから
・先進的だから
という理由で、現場の無理が正当化されていないか。

EV・水素トラックは、あくまで手段であって、目的ではない。本当に「労働環境が改善されているか」「安全性が高まっているか」。この問いを抜きにした導入では、現場の支持を得られるはずもない。

■それでも、可能性は確かにある

否定だけで終わらせるつもりはない。

EV・水素トラックには、
・特定ルート
・短距離・定時運行
・構内・港湾作業
・一部長距離運行
といった領域で、大きな可能性がある。重要なのは、「すべてを置き換える」という発想を捨てることである。

■EV・水素トラックは「万能薬」ではない

2025年時点での結論は、極めてシンプルだ。EV・水素トラックは、現場を部分的には救っている。しかし、万能ではない。現場を救うかどうかは、車両そのものより「運行設計」や「評価の仕組み」にかかっている。

技術が先行するほど、現場の声を置き去りにしてはならない。それが2025年の最大の教訓である。

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第3位:ドライバー不足
「人がいない」のではない―“続く人材”が育たない現実

■「人手不足」という言葉が、現場の本質を覆い隠している

2025年の物流業界を語る際、必ずといっていいほど使われる言葉が「ドライバー不足」。

しかし、元プロドライバーとして現場を見続けてきた立場からいえば、この表現は半分しか事実をいい表していない。正確にいうならば、人はいる。しかし、続く人がいない。これが2025年時点での、より実態に近い表現だろう。

若手がまったく入ってこないわけではない。求人広告を出せば、一定数の応募もある。だが、数カ月、あるいは一年を待たずに現場を去っていってしまう。この現象こそが、今の業界が直面している最大の課題である。

■「運転できればいい」という時代は、もう終わった

かつてトラックドライバーは、「免許があればできる仕事」と見られがちだった。だが、現場を知る人間であれば、その認識がいかに危ういかは明らかである。

2025年の物流現場で求められているのは、
・車両感覚(最新装備への適応)
・荷物への理解
・周囲への気配り
・無理をしない判断力
といった、経験の積み重ねによってしか身につかない能力である。

それにもかかわらず慢性的な人手不足を背景に、
・十分な教育期間を取れない
・現場投入が早すぎる
・フォロー体制が薄い
といった状況が生まれている。

“量”を確保するために、“質”を犠牲にしてきたツケが、いま一気に表面化している。

■若手が辞める理由は、決して「根性不足」ではない

現場でよく耳にするのが、「最近の若いのは続かない」という嘆きだ。しかし、これは問題の本質を見誤っている。若手が辞める理由は、極めて現実的だ。

・思っていたより拘束時間が長い
・待機や附帯作業が多い
・努力が評価されにくい
・将来像が見えない
・責任が重い

これらはすべて、個人の資質ではなく、構造の問題である。2024年問題以降、労働時間はしっかり管理されるようになった。しかし、労働の中身、評価の仕組みが変わらなければ、「働きやすさ」には直結しないのだ。

■ベテランドライバーの離脱が意味するもの

一方で、もう一つ深刻なのがベテランドライバーの離脱である。

・年齢的な引退
・体力的な限界
・条件の合う職場への移動

理由はさまざまだが、共通しているのは、経験が組織に残らないという点だ。

本来であれば、若手を育て現場判断を支え、事故を未然に防ぐはずの存在が、現場から静かに消えていく。これは単なる人数減ではない。現場力そのものの低下を意味している。

■教育と安全が、最初に削られてしまう現実

人手不足が続くと、真っ先に削られるのが、
・教育時間
・同乗指導
・振り返りの場

とにかく仕事を回さなければならない、という現場事情は理解できる。

しかし、その結果として、
・ヒヤリ・ハットが増える
・小さな接触事故が起きる
・クレームが増加する
といった兆候が現れる。

事故は現場の余裕がなくなったときに起きる。これは不変の法則である。

■「誰でもできる仕事」に見せた代償

業界は長年、担い手を確保するために、仕事の難易度を下げて見せてきた側面がある。

しかし、実際の現場は、
・重量物
・高価な荷物
・厳しい時間指定
といった、高い緊張感を伴う仕事なのである。

そのギャップが大きいほど、離職は早まる。このミスマッチこそが、質の低下をさらに加速させているといっていい。

■質を高める現場には、共通点がある

一方で、ドライバーの定着率が高く、事故も少ない現場には、明確な共通点がある。

・教育期間を惜しまない
・無理な運行をさせない
・相談できる空気がある
・評価基準が明確

これらは決して特別な施策ではない。ドライバーを“人材”として扱っているかどうか。その差が、結果に表れているだけだ。

■ ドライバー不足の正体は「育て方」にある

2025年、業界が直面しているドライバー不足の本質は、人がいないことではない。人が育ち、残る構造がないことだ。量を追い求める時代は、すでに終わっている。

これから問われるのは、「どんな人を迎え」「どう育て」「どう守るのか」という、現場の設計思想である。“質”を軽視した物流に、未来はない。それは2025年の現場が、すでに証明している。

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第2位:荷主格差
荷主の“理解度”が、ドライバーの未来を決めはじめた

■同じ運送なのに、なぜここまで差が出たのか

2025年、現場を見渡してもっとも強く感じるのは、「運送会社やドライバーの努力では埋まらない差」が、はっきりと固定化しはじめたという事実である。その差を生んでいる最大の要因が、荷主の理解度と姿勢であるように感じる。

2024年問題が制度として始動してから一年余り。多くの議論は「運送側の対応」に集中してきた。しかし、元プロドライバーとして断言できるのは、2025年の現場をもっとも左右しているのは、荷主側の変化、あるいは変わらなさだという点である。

同じ距離、同じ荷物、同じ時間帯を走っていても、ある現場では余裕を持って仕事ができる。ただ、別の現場では神経をすり減らし、時間だけが奪われていく。この差は、ドライバー個人の力量ではどうにもならないし、また変えることは不可能だ。

■「理解ある荷主」は、すでに次の段階へ進んでいる

まず、評価すべき動きから整理しておきたい。2025年現在、理解ある荷主と呼べる企業は、間違いなくすでに次のフェーズに入っている。

・予約バースの本格運用
・荷待ち時間の見える化
・パレット化・フォークリフト対応
・時間指定の柔軟化

これらは単なる「協力姿勢」ではない。ドライバーの労働時間を“コスト”として正しく認識しているという、明確な経営判断であり、戦略の結果といえる。

現場ドライバーの立場から見れば、こうした荷主の現場は驚くほど仕事がしやすい。

・到着から作業(荷扱い)までがスムーズ
・無駄な待機時間がない
・管理者との意思疎通が早い

結果として、遅延やトラブルが減り、ドライバー自身のストレスも減り、安全性が向上するという好循環が生まれている。

一方で、問題なのは形だけ対応している荷主の存在だ。「協力しています」といいながら実態は変わっていない。予約時間はあるが守られない。結局、最後に待たされるのはドライバー。実際の現場では、こうした声が聞こえてくる。

・前より厳しくなっただけ
・待機時間が増えた

制度対応を理由に、時間指定を細かくしペナルティだけを強化する。こうした動きが、現場の負担を逆に増やしているケースも少なくない。元プロドライバーとしていえば、これはもっとも現場の士気を下げる対応にほかならない。

■荷待ち・附帯作業という“見えない格差”

荷主格差がもっとも端的に表れるのが、荷待ち時間や手積み手降ろし、さらに付随業務の多さといった、見えにくい作業負担である。

たとえば理解ある荷主では、
・作業範囲が明確
・人員配置が合理的
・ドライバー任せにしない

一方、理解の乏しい荷主では、
・ついでにこれも
・前はやってくれたのに
といった曖昧な要求が積み重なる。一つひとつは小さくても、積み重なれば確実に労働時間に影響してくる。2024年問題以降、この差は無視できないレベルに達している。

■運賃交渉に現れる“本気度”の違い

荷主格差は、運賃・料金の交渉姿勢にもはっきりと現れてきている。

理解ある荷主は、
・時間制運賃
・待機料金
・付帯作業料
を現実的なテーマとして受け止めはじめている。

一方で、「業界全体の問題だから」「他社はやっている」という言葉で交渉をかわす荷主も依然として少なくはない。元現場の感覚では、運賃を上げるかどうかより、話し合おうとする姿勢そのものが、ドライバーの評価を大きく左右している。

■ドライバーは、もう荷主を選びはじめている

2025年、静かだが確実な変化が起きている。ドライバーが「現場」を選びはじめたという事実が実感としてある。

・待たされない現場
・無理を強いられない現場
・人として扱われる現場

こうした荷主案件(企業)には、ベテランドライバーが定着し事故やトラブルが減り、結果として安定した運行が実現する。

その逆に、条件の悪い現場は、人の入れ替わりが早く経験値が蓄積せず、リスクが高まるという悪循環に陥っている。

こうした格差は、今後是正されるのだろうか。元プロドライバーとしての見立ては、自然には縮まらないというものだ。変われる荷主は、すでに動いている。変われない荷主は、理由を探し続ける。結果として、物流は、選別の時代に入ったといえるだろう。

■荷主の姿勢が、業界の未来を分ける

2025年、業界ニュースとしてもっとも重い現実の一つが、この荷主格差といえる。ドライバーを尊重する荷主だけが、物流を維持できる。これは感情論ではなく、安全性・安定性、そして持続可能性の話だ。現場を軽視した物流は、必ず破綻する。その兆候は、すでに2025年の現場にしっかり現れている。

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第1位:2024年問題
2024年問題は「制度」ではなく「現場の再編」を迫っている

■2024年問題は、もう「はじまって」いる

「2024年問題は、これからが本番だ」 2025年になっても、業界関係者の間、さらにメディアを通してそんな言葉が聞かれる。しかし、元プロドライバーとして実際に現場でハンドルを握り、状況を見てきた立場からいえば、この認識は半分正しく、また半分は完全に間違っている。

なぜなら2024年問題は、すでに数字や制度の話を超え、現場の「運行」「収入」「人の配置」を根底から変えはじめているからだ。しかもその影響は、じわじわではなく、確実に、そして不可逆的に広がっている。

トラックニュースの読者であればご存じのとおり、時間外労働の上限規制は「ルール」としては明快だろう。しかし、その現場で行き着いた結論は、想像以上に複雑で、そして重いはずだ。

「走れば稼げる」という時代の終焉を、現場はどう受け止めたか。私が現役だった頃、そして多くのベテランドライバーが体に染みついている感覚がある。

「走った分だけ・仕事をこなした分だけ・収入になる」 これは美徳でもあり、同時に業界の歪みでもあった。2024年問題は、この前提を根本から否定したのである。

・1日の拘束時間
・年間の時間外労働
・連続運転時間

これらが明確に制限されたことで、「今日はもう1本行けたのに…」「荷待ち(待機時間)が長引いたせいで帰れない…」「事故や通行止めの影響で、目的まで運行できない…」といった声が、現場のあちこちで日常的に聞かれるようになった。

重要なのは、ドライバーが怠けているわけでも、会社が怠慢なわけでもないという点だ。制度が変われば、働き方も変わる。その当然の結果が、今、現場に現れている。

■荷待ち時間という“最大の矛盾”が表面化

2024年問題がもっとも鋭く突き刺さったのが、荷待ち(待機)時間である。

・ドライバーの責任ではない
・会社の努力だけでは解決できない
・しかし確実に労働時間を消費する

この時間が「走れない原因」そのものになった。現場では、こんな矛盾が起きている。

・時間外労働は減らせといわれる
・しかし荷主都合の待機は減らない
・結果として走行時間と収入が削られる

元プロドライバーとしていえば、これは精神的にも非常に消耗する状況だ。ただ待っているのに疲れる。仕事をしているのに評価されない。この感覚が、離職やモチベーションの低下に直結していることは想像に難くない。

■収入減は「覚悟」では乗り越えられない

一部では、「制度が変わるのだから収入減は仕方ない」という論調もある。しかし、これは現場を知らない人間の言葉だと思う。多くのドライバーにとって、収入は単なる数字だけではないのである。
・住宅ローン
・家族の生活費
・将来への不安

それらすべてと直結している。2025年現在、現場で起きているのは、かりに基本給が上がったとしても、トータルで見ると月収が数万円単位で減少してしまった、しかし稼働日数は同じ、もしくは増えている。まさに精神的な負荷だけが増大という現実だ。

「法律を守った結果、生活が苦しくなる」この構図を放置すれば、当然、人は残らない。

■運送会社の“差”が、一気に表面化

2024年問題は、企業の体力と姿勢を容赦なくあぶり出した。

・対応できた会社
・荷主と本気で交渉
・運賃・料金の見直し
・運行計画の再構築
・対応できなかった会社
・現場にしわ寄せ
・サービス残業的運用
・ドライバー任せ

この差は、2025年に入ってさらに拡大しているように感じる。元現場目線でいえば、「いい会社はドライバーが辞めない」これは偶然ではないのだ。

■若手不足の正体は「2024年問題そのもの」ではない

よく「2024年問題で若手が来ない」といわれる。しかし、本質はそこではない。若手や新人が定着しない、その理由は明確である。

・努力と収入が比例しない
・待機や附帯作業が評価されない
・将来像が描けない

2024年問題は、これらの構造的な欠陥を隠せなくしたにすぎない。

■現場が求めているのは「緩和」ではなく「再設計」

現場のドライバーは、規制緩和を望んでいるわけではない。本当に求めているものは、

・荷待ち(待機)時間の削減
・労働に見合った適正な対価
・無理のない運行(作業)

つまり、仕事の再設計だ。走る時間だけでなく、働く時間(待機時間を含め)、そのすべてを評価してほしい。この声を無視した制度運用は、必ず破綻するに違いない。

■2024年問題は「通過点」でしかない

2025年、はっきりしてきたことがある。2024年問題はゴールではない。業界が変われるかどうかを問う、通過点にすぎない。現場を知る人間が意思決定に関われるか、荷主と対等に交渉できるか、ドライバーを“人”として扱えるか。

これらができない会社から、静かに淘汰がはじまっている。元プロドライバーとして、そして今は伝える立場として、私はこう書き残したい。

現場は、もう限界まで我慢した。次に問われるのは、業界全体の覚悟だと思う。

2026年へ―現場から見た次の分岐点

2025年の業界ニュースTOP5を振り返ると、そこに共通して流れているキーワードは明確だ。「制度」「商慣行」「人材の質」「技術」「責任の再設計」どれか一つが突出した年ではないように思う。むしろ2025年は、これらが同時に動き出し、業界全体が“次の段階へ進む準備年”だったといえる。

元プロドライバーとして、そして現在はジャーナリストとして現場を見続けてきた立場から言わせてもらうと、すぐそこに見える2026年は「試される年」になる。

■制度は整った。次に問われるのは「使い方」だ

2024~2025年にかけて進んできた各種制度改革は、方向性としては間違っていない。問題は、それが現場でどう運用されるかである。形だけ守る企業、本質を理解し、運行設計を変える企業。この差は、2026年に一気に表面化するように感じる。

制度は平等に与えられるが、結果は平等にはならない。

ここから先は、「守ったかどうか」ではなく、「どう使ったか」が評価される時代に入る。

■ドライバー不足は、さらに“質”の問題へ進む

第3位で触れた通り、ドライバー不足はすでに「人数」の話ではない。2026年に向けて顕著になるのは、新人が定着しない会社、ベテランが残る会社の二極化だ。

運転技術だけではない。時間感覚、危険予測、顧客対応、車両理解―総合力としての「職能」が、より強く問われると思う。

元プロドライバーとして断言できる。人を軽く扱った会社に、良い人材は残らない。これは理屈ではなく、現場の現実である。

■ EV・水素・自動運転―技術は「選別」される

2025年は技術の“導入期”だった。2026年は、現場で使えなかった技術が静かに消えていく年になると予想できる。

EVは、用途を間違えれば負担になる。水素は、インフラと業務設計が揃わなければ絵に描いた餅。自動運転は、「省人化」ではなく「負担軽減」として評価される。

つまり、技術が現場を救うかどうかは、現場が決める、というフェーズに入る。

カタログスペックや補助金ありきの導入は、2026年には通用しなくなるだろう。

■2026年は「経営者の現場理解」が企業価値を分ける

ここまでのすべてに共通するのが、経営層と現場の距離である。現場を数字でしか見ていないのか、人として見ているのか、この違いが「事故率」「定着率」「荷主からの信頼」として、確実に表に出てくる。

この業界を外からも見るようになった今、はっきりいえる。2026年は、現場を理解しない経営が成立しなくなる年だと。

■変わるのは技術ではない。「向き合い方」だ

2026年に向けて、業界は大きく変わる―そういいたくなる場面は多い。だが本質は違う。変わるのは技術ではない、制度でもない、人の向き合い方だと思う。

ドライバーをどう位置づけるのか、技術を誰のために使うのか、責任をどう分かち合うのか、これに真正面から向き合った企業だけが、次の時代に生き残る。

元プロドライバーとして、そしてモータージャーナリストとして、私はすぐそこにある2026年をこう見ている。

2026年は、業界が「選ばれる側」になる年となるだろう…

【文:山城利公(やましろ・としまさ)】
1963年・東京生まれ、モータージャーナリスト/プロドライバー
幹線輸送トレーラのドライバーとして200万km(20年・地球50周以上)におよぶ無事故運行の実績を持ち、商用車技術と物流業界に精通。実体験と現場視点をもとに、クルマ社会の「今」と「未来」を発信している。
大型けん引免許/自動車整備士(国家資格)/整備管理者(選任資格)/国内競技運転者許可証A級(JAF公認)/フォークリフト運転技能講習 修了/日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員

取適法/運送委託契約「運送業務、その他一切の付帯業務」の記載は違反行為のおそれ

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